東京高等裁判所 昭和54年(う)974号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【説明】
本件は、交通整理の行われていない交差点における普通乗用自動車と自転車とのいわゆる出会い頭の衝突事故であるが、事故現場交差点の状況は次のとおりである。すなわち、本件事故現場は、歩車道の区別のない幅員約3.4メートルの東西に通じる道路(甲道路)と歩車道の区別のある南北に通じる道路(旧日光街道)が交差する場所で、甲道路は、まず旧日光街道の西側歩道部分(有効幅員約1.88メートル、中央付近に自転車の歩道通行部分を指定する道路標示として白線がえがかれている。乙道路)とほぼ直角に十字型を形づくつて交差し、ついで車道部分(幅員約九メートル)と丁字型に交差しており、本件交差点の甲道路から乙道路への出口付近は、左右とも人家が建ち並んで視界をさえぎり、特に、右方は、甲道路南側角の人家のクーラー屋外機が約0.6メートルの幅で甲道路上に張り出していて、右方の見通しは極めて悪く、ある程度本件交差点に立ち入らないと、乙道路の右方(南方)部分を見通せない状態にあり、また、甲道路の本件交差点手前約1.5メートルの地点に一時停止の道路標識が設置され、かつ、その下部路面上には停止線を示す道路標示が施工されているという状況であつた。被告人は、普通乗用自動車を運転して甲道路を東行して本件交差点に差しかかり、前記一時停止の標識に従つて前記停止線の手前で一時停止した後、発進し、本件交差点内に進入したところ、折柄乙道路を右方(南方)から進行してきた被害車運転の自転車に衝突したというのが本件事案の概要である。これにつき、本判決は、このような交差点に差しかかつた自動車運転者としては、一時停止の標識及び停止線の標示に従い、所定の位置に車両を一時停止させるべきことはもちろんであるが、ついで自車を発進させるにあたつては、進路前方左右、特に右方の安全を慎重に確認し、自車の進行が交差道路上の交通に危険を及ぼすことのないよう十分な配慮をして、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務を負い、この義務を履行する具体的な方法としては、(1) 一時停止ののち、徐行して交差点入口に至り、交差点に進入するにあたつては、小刻みに発進停止を繰り返しつつ、交差点内の見通し可能な地点で再度一時停止し、交差道路を進行する自転車等の有無を確かめる、(2) 一時停止ののち、みずから下車して徒歩で歩道(乙道路)上に至り、南北方向の交通状況を観察したうえ、自車が右歩道を横断し終るまで同歩道上の交通の流れが途切れることが確実と認められてはじめて運転を再開する、(3) 本件当時のように、自車に妻が同乗しているのであれば、同女に下車のうえ歩道上から誘導させる、(4) 適当な通行人に誘導を依頼する等のさまざまな臨機の措置がありうる、との判断を示したものである。
【判旨】
所論は、要するに、原判決が認定判示した注意義務は著しく過大であつて、被告人としては、本件交差点における運転につき、社会通念上必要とされる注意義務を尽くしており、本件事故の発生は、もつぱら、被害者とされる海東弘代の過失によるものであるから、被告人に対して業務上過失傷害罪の成立を認めた原判決には、事実を誤認したか、法令の解釈適用を誤つた瑕疵があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。
そこで、記録及び証拠を調査して検討すると、原判決が、本件の基本的事実関係として、「罪となるべき事実」及び「弁護人の主張に対する判断」二の1ないし4において判示するところは、その挙示する関係証拠に照らし、十分肯認することができ、右事実関係に基づいて、被告人の負うべき注意義務の内容及び被告人の過失行為として説示するところは、措辞やや適切を欠き、また必ずしも賛同しがたい点もないではないけれども、いまだこれをもつて事実誤認ないし法令解釈適用の誤とするに足りず、結局のところ、本件の具体的事情のもとにおいて、被告人の運転には、右方安全確認義務の懈怠を主体とする業務上の過失があり、その結果、原判示衝突を惹起し、原判示被害者に原判示傷害を負わせたものと認め、被告人を業務上過失傷害につき有罪とした原判決の結論は、正当として維持すべきものであり、所論に即してさらに考察を加えても、原判決に所論のような瑕疵は存しない。
以下、主要な点について判断を示すこととする。
一注意義務の内容(所論一)
所論一は、本件で被告人が負うべき注意義務の程度、内容を争うので、まずこの点を検討する。
本件は、交通整理の行われていない交差点における乗用自動車と自転車とのいわゆる出会い頭の衝突事故であるが、原判決が、自動車運転者側における注意義務発生の前提となる状況として判示するところの骨子は、次のとおりである。すなわち、被告人は、昭和五三年一月一〇日午前一一時五分ころ、普通乗用自動車を運転し、歩車道の区別のない幅員約3.4メートルの東西に通じる道路(原判示「甲道路」)を東行して、原判示交差点に差しかかつたもので、その交差道路は、歩車道の区別のある南北に通じる道路(旧日光街道)で、甲道路は、まずこの道路の西側歩道部分(有効幅員約1.88メートル、中央付近に自転車の歩道通行部分を指定する道路標示として白線がえがかれている。原判示「乙道路」。)とほぼ直角に十字型を形づくつて交差し(原判決が「本件交差点」と判示するのは、この甲乙両道路の交わる部分と解される。以下同じ。)、ついで車道部分(幅員約九メートル)と丁字型に交差しており、本件交差点の甲道路から乙道路への出口付近は、左右とも人家が建ち並んで視界をさえぎり、特に、右方は、甲道路南側角の人家のクーラー屋外機が約0.6メートルの幅で甲道路上に張り出していて(そのため、この部分における甲道路の有効幅員は約2.8メートルであるにとどまる。)、右方の見通しは極めて悪く、ある程度本件交差点内に立ち入らないと、乙道路の右方(南方)部分を見通せない状態にあつたほか、甲道路の本件交差点手前約1.5メートルの地点に一時停止の道路標識が設置され、かつ、その下部路面上には、停止線を示す道路標示があつた、というのである。そして、この判示は、関係証拠により、正当として維持すべきものである。
そこで考えると、このような交差点に差しかかつた自動車運転者としては、一時停止の標識及び停止線の標示に従い、所定の位置に車両を一時完全に停止させるべきことはもちろんであるが、ついで自車を発進させるにあたつては、一般に交差道路を通行する車両等の進行妨害をすることのないようにしなければならない道路交通法上の義務を負う(同法四三条)にとどまらず、ひろく、進路前方左右、特に右方の安全を確認し、自車の進行が交差道路上の交通に危険を及ぼすことのないよう十分な配慮をして、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務をも負うことは多言を要しない。ことに本件の場合、被告人運転の車両が発進進行すると、人家の密集する市街地における幹線道路に沿う歩道を横切つて進行することとなるわけであるが、このような歩道においては、当然、歩行者及び自転車の通行が予想され(歩道はそのために設置されているのである。)、その中には、幼者、老者、盲人その他、交差道路からの自動車の進出に対して、即時適切な対応をなしえない者すらありうべきことも見易いところである。それ故、本件交差点に進入するにあたつては、原則として、運転免許を有し、交通秩序につき所要の訓練を経ており、知識、能力をも具備すると考えられる者だけを考慮すれば足りる車道上の運転とは異り、いつそう高度の注意を要するものとしなければならない。しかも、本件交差点は、前記のとおり、右方の見通しが極めて悪い状態にあつたのであるから、これを通過しようとする被告人には、一時停止後の発進進行にあたり、格段に慎重な右方安全の確認をしなければならない注意義務が課せられるものというべきである。
そして、このような安全確認義務を履行するには、原判決の説示する方法、すなわち、一時停止ののち、徐行して交差点入口に至り、交差点に進入するにあたつては、小刻みに発進停止を繰り返しつつ、交差点内の見通し可能な地点で再度一時停止し、交差道路を進行する自転車等の有無を確かめ、接近する自転車等があるときは、その動静に十分な注意を払うような運転操作を取ることは、有力な一方法であり、かつ、自動車運転者に対してなんら過大な負担を強いるものでないと考えられるから、原判決が、本件交差点における安全確認義務の具体的内容を右のような運転操作をなすべきものと個別化して判示したことは誤りとはいえない。
もつとも、本件交差点における安全確認のための方法は、これに限られるものではなく、たとえば、一時停止ののち、みずから下車して徒歩で歩道(乙道路)上に至り、南北方向の交通状況を観察したうえ、自車が右歩道を横断し終るまで同歩道上の交通の流れが途切れることが確実と認められてはじめて運転を再開し、あるいは本件当時のように、自車に妻が同乗しているのであれば、同女に下車のうえ歩道上から誘導させ、さもなければ適当な通行人に誘導を依頼するなど、さまざまな臨機の措置がありうるのである。
それ故、原判決の右説示の趣旨が、その判示する方法をもつて本件交差点における安全確認のための唯一無二のものとするにあるならば、その点についてはにわかに賛同できないのであるけれども、右は、被告人が、本件の捜査段階において、右のような小刻み前進の方法をとるべきであつた旨の自認をしていることを前提とし、この点に主眼をおいた判断をしたものにすぎないと解する余地もあり、いずれにせよ、原判示は、被告人が、本件交差点を通行するに際して、十分な右方安全確認をする義務を負うものであることを示しているのであつて、その結論においては、当裁判所が本件交差点を通行しようとする自動車運転者の注意義務について前述したところと同趣旨に帰し、右の点をもつて判決に影響を及ぼすことの明らかな瑕疵とするに足りない。
また、原判決が、被告人において、右方の見通しが十分でない段階で、自車の車体を小刻みに歩道上に進出させることが、歩道上を通行する者に対して自車の存在を知らせ、警戒させる措置となりうるかのように判示する点は、このような措置をとることが安全確認義務の内容をなし、もしくはこれを軽減するものであるとの趣旨であるならば賛同できない。まず、進路前方左右の安全が既に確認されているのでない限り、右のような措置は、それ自体危険を伴うものであるだけでなく、歩道通行者に対して、自車の発見と停止、避譲を求め、これを期待するにとどまるものであるから、自動車運転者の側における安全確認の方法でありえないことは明白である。警音器の吹鳴のように、それ自体には危険発生のおそれがなく、これによつて相手方の注意を喚起したうえ、その動静を見きわめるなどの方法で自動車運転者が安全を確認することのできる措置とは趣を異にするのである。さらに、歩行者や、自転車運転者等の歩道通行者が、自己の進路前方に自動車を見かけ、危険を感じたときには、停止し、あるいは避譲することは、自己の安全確保のため、賢明で望ましい態度であり、もしこの点において著しく欠けるところがあるときは、自殺に等しい行為として、これをもつて事故の主たる原因とすべき場合もないではないであろうけれども、そのことは、一般に、歩道通行者に対し、歩道上に進出する自動車をいち早く発見してこれから避譲する義務を負わせ、よつて自動車運転者に対し、事実上、歩道上における優先通行権を付与し、あるいは自動車運転者に歩道通行者を無視する無謀操縦を許容するものではありえないから、被告人において、歩道通行者が自車の車体に気付いて停止し、もしくは退避した結果、危険のないことを確認した場合ででもあれば格別、見通しが悪く、安全確認ができない状態のまま、右のような小刻み進出をすることによつて、被告人の注意義務が果せたとされ、もしくはこれが軽減されるべきいわれはないのである。しかし、以上の点も、前記のとおり原判決の結論は維持できるものであるので、判決に影響を及ぼすことの明らかな瑕疵とは認められない。
なお、念のため、次に所論一の(一)ないし(四)について、説明を加える。
所論(一)中には、被告人は、単に甲道路と乙道路との交差点を通行しようとしたのではなく、東行して来た甲道路から、乙道路を横断通過したうえ左折して旧日光街道の車道に進入し、北進しようとしたものであるから、被告人の負うべき右方安全確認義務の程度も、右車道上の車両交通との関係を主として考えるべきであり、従つて、本件当時、被告人が右方安全確認のため再度の一時停止をすべきであつた地点は、現に被告人の停止した位置、すなわち車体がほぼ乙道路(歩道)をふさぐ形ではあるが車道にはまつたくかかつていない位置であつて、原判示のような、これより手前の位置ではないというべきであり、また右地点に至るまでの運転方法としては、歩道(乙道路)上の歩行者及び自転車運転者に対し、たまたまこれらの者の接近を現認することができた場合を除き、最徐行の進行をして自車の交差点進入を知らしめ、それらの者に警戒させれば足り、それ以上に原判示のような地点で再度の一時停止をして安全確認をすべき義務はないばかりか、本件の場合、歩道上の安全確認が可能な地点がどこであるかは、歩道まで進出してみなければ判明せず、従つて自動車運転者としては、再度の一時停止をすべき位置をあらかじめ知ることができないから、原判決の要求するような一時停止を適時に行うことは不可能であるとする点がある。
しかしながら、本件において、被告人運転の車両が、所論旧日光街道の車道に入るには、まず歩道である乙道路を横断通過しなければならないことはいうまでもなく、その際、被告人が、歩道通行者との関係で特に高度の安全確認義務を負うこと、ならびに、これをないがしろにして、自車を歩道まで漫然進出させることをもつて歩道通行者に警戒させようと試みることが許されないことは、既に述べたとおりである。また、原判決が、再度の一時停止をすべき地点として判示しているのは、被告人運転の車両の先端が自転車の歩道通行部分を指定する道路標示である白線の付近に到達する地点であるが、一般に自転車はこの白線の車道側を通行すべきものであつて、この地点で停止すれば、同歩道上を通行する自転車の進路を妨げることがないと考えてよいはずであるのに反し、漫然、この地点を越えて進出するときは、本件の場合と同様に、自転車の進路をふさぎ、これとの衝突を惹起するおそれの大きいことは見易い道理であるから、原判決が、その説示するような注意義務に基づき、歩道上を通行する自転車との関係におけるその具体的態様として、再度の一時停止をすべき地点を右のように判示したことは、合理性、客観性があるということができ、支持できないものではない。
つぎに、所論(二)は、原判決のように、本件交差点に進入しようとする自動車は常に原判示地点で再度の一時停止をしなければならないものとすると、それは本件歩道上を進行してくる自転車の運転者が異常無謀な運転をすることを常に予想しなければならないとするに等しく、自動車運転者に対して過重な注意義務を課することとなる反面、交通秩序を乱す者を保護する結果となつて不公平であるという。
しかし、本件交差点に進入した自動車が、漫然原判示地点を超えるときは、歩道上を進行して来る自転車の進路をふさいでこれと衝突するおそれが大きいことは前述したとおりであり、このおそれは、自転車運転者が異常無謀な運転をしている時に限つて存在するものとはいえないから、所論はその前提において誤つているとしなければならない。
さらに、所論(三)のうち、本件交差点に進入しようとする自動車運転者は、最徐行しながら車体を歩道上に進出させることにより、歩道通行者を警戒させ、これらの者において衝突回避のため適切な措置をとることを信頼することが許され、その注意義務は、右の限度で軽減されるべきであるとする点については、右のような方法により警戒させるとの考え方は、既に述べたところにより、失当であり、原判決が被告人の本件交差点内における小刻み最徐行進行を認定しなかつたのは事実誤認であるとする点については、関係証拠に照らして、原判示を正当とすべきものである。
また、所論(四)は、原判決が「弁護人の主張に対する判断」二の5において、「(被告人が判示地点で一時停止をし)体をのり出して右方の安全を確認するならば、その確認行為中に右方乙道路から本件交差点に進入しようとする被害自転車を発見し、その進行をまつて交差点を通行することが可能であつた」とする点を論難し、本件における結果回避可能性の検討にあたつては、このような確認行為による時間の経過を考慮に入れるべきでなく、被告人運転の自動車の先端が原判示の再度の一時停止をすべき地点に到達すると同時に、いまだ停止するにいたらないままでも、直ちに被害者を発見しえた客観的状況が存するか否かをまず考察すべきであるなどの主張をするのであるが、一時停止とは、いずれにせよ若干の時間の経過することを前提としていることはいうまでもなく、しかも、本件交差点のように見通しの悪い場所における安全確認は、一瞬のべつ見では足りず、十分慎重であるべきことはもちろんであるから、そのためにも、それ相応の時間が経過することは当然であつて、右判示に不当な点はなんら存しない。
所論の諸点は、いずれも独自の見解を前提とするもので、採用の限りではない。
二過失行為(所論二)
所論二は、本件交差点における右方安全確認の可能な位置は、原判示の地点でなく、被告人が現実に停止した位置であり、従つて被告人には過失行為がないというが、関係証拠に照らし、原判決が原判示地点をもつて乙道路右方の安全確認をすることが可能な位置であるとし、被告人がここで再度の一時停止をしなかつたことをもつて過失と評価した判断を誤りとすべき根拠は見出せない。所論は採用できない。
三被害者の過失(所論三)
所論三は、本件事故は被害者とされる海東弘代の落度によつて発生したもので、被告人に過失はないと主張し、原判決がこれを否定して、「(被害者も)速度を調節する等の措置を講ずべきであり、被害者にはこの落度がある」ものの、「被害者の速度は時速約一〇キロメートルであり、高速度で進入したものではないこと、被害者のような自転車の利用者については、自動車運転者のような交通規則の教育と訓練が十分になされていない現状であること、更に、被告人は、……交差道路を通行する車両等の進行妨害をしてはならない道路交通法上の義務(同法四三条)があつたこと等を総合して考慮すると、被害者の右落度をもつて被告人の過失を否定する論拠とはなし難い」とした点を論難し、(一)被害者の走行速度は時速一〇キロメートル程度でなく異常な高速度であつたばかりでなく、わき見運転をしていたと認めるべきであり、(二)本件で問題となるのは交通規則の理解の範囲や程度でなく、二六歳にもなり、通常の社会生活を営んでいる被害者の危険に対する認識判断の点にほかならず、(三)道路交通法四三条後段の規定は、車両等の運転者が、交差道路を通行する車両等をたまたま発見確認できた場合に適用されるもので、そのことは右規定違反に対する罰則に過失犯処罰の規定がないことから明らかであるから、交差道路を通行する車両等の認識を欠く本件には、右規定の適用がないという。
しかし、(一)関係証拠によれば、海東弘代の走行速度についての原判示を誤りとするに足りず、その運転に異常な点があつたとも認められない。さらに、(二)原判決の指摘する速度調節の点が直接には交通規則の理解などと関係がないことは、所論のとおりであるけれども、原判示の趣旨は、被害者が特定の交通規則につき理解を欠いていたなどというものではなく、日常、自転車とは格段の高速で走行する自動車を運転し、交通秩序の順守や安全の確保についても日ごろから関心が強いはずの自動車運転者の場合と比較して、被害者のような者は、一般に危険を認識し、対応する措置をとる能力が劣ると考えられ、これに対して、危険防止のための過大な要求をすべきでないとするにあるものと解され、かつ、このことは正当として支持することができる。また、(三)かりに、道路交通法四三条所定の交差道路を通行する車両等に対する進行妨害を避止すべき義務は、所論のとおり、交差道路を通行する車両等を確認している場合に発生すると解すべきであつて、原判決が、一時停止後の発進にあたつて被害者の自転車を認識していなかつた被告人に右義務が発生するとし、これをもつて、被害者の落度の故に被告人の過失を否定すべきでない理由のひとつとしたことは、相当でないものとしても、被告人の過失を認めた原判決の結論は、上来説示のとおり正当であるから、右の点は判決に影響を及ぼすものではない。所論の諸点は、いずれも採用できない。
(西村法 高山政一 田尾勇)